國學院大学神道学科卒業。三好堯景、北小路堯紅、三條實久に師事。趣味はオペラ、バレエ鑑賞。
国立劇場第七〇回雅楽公演
宮内庁式部職楽部
随筆 <玉響の心>がプログラムに掲載
於、国立劇場大劇場。平成二十四年二月二十五日(土)午後二時
舞楽 蘇合香 納曾利 仁和楽
「玉響の心」
文学を香に託して、雅に遊ぶー香遊びー
玉響ーたまゆらーわずかな時間だけでも離れて日常とは異なる空間に身を置き
香炉の微妙な火加減により、香の妙なる変化する香りを感じる雅な空間。
香道とは豊かな心、感性を高めて、美しい精神を育ませる日本独自の伝統芸能です。
香道とは、多くの方々にとって、「香木とはどんな香りがするものなのか?」という
ごく単純な他愛もない興味をもつことでしょう。
古くから中国や日本で香を焚き、香りを嗅ぐことを「聞香もんこう」と呼んできました。これは立ちのぼる香煙にのせて願いを聞き届けてもらおうとしたことからといわれています。
今でも「香道」においては香りを「嗅ぐ」とは言わず、「聞く」と表現します。
香道を簡単に言うと、香木に熱を与えて薫り立たせて、お手前(作法)にのっとって香りを楽しむ芸道です。数種類の香木をそれぞれの題材(テーマ)により組み合わせて焚き、それぞれの香りの種類を当てることを「組香」といい、現代において、一般的にはこの形式で行われます。
ゲーム、遊戯性もありますので、はじめての方でも楽しめます。
香道では「源氏物語」をはじめとした古典文学や季節感が題材にされますので、古典を楽しく学ぶのには、とても向いていると思います。
香を聞きながら、人間の嗅覚を芸にまで昇華させる繊細さに驚かされるでしょう。
また、ある一定のお手前と並行して行われるのが執筆です。
その日の香席の模様を連衆名を含めて、記録に残すのです。その日の香組(主題)には
古典や故事にまつわるものが多く、和歌を証歌として、その情緒の表現を執筆として記録します。
執筆を通して、王朝貴族宜しく仮名文字を書けたら、と思うようになります。
自然、水茎の跡も麗しい古筆を学びたいという意欲も出て参ります。
このように、香道を通じて、興の趣くまま、我が国独特の素晴らしい文化を、
多角的に総合的に知ることができるのです。
香木は、日本には6世紀に仏教とともに伝わりましたが、最初は仏前のみ供えられ、焚かれていました。しかし、平安時代になると禁中(宮中)でさまざまに楽しまれました。
この時代には、日常的に貴族の間で焚かれていたもので、沈香木、薫陸等を蜜や梅肉で練り合わせて作られていました。これを「練り香」といいます。その調合法は格家の秘伝とされ、香り自体も教養の一部とされていました。使用法は、
練った丸香(練り香)を炭火の埋めた灰の上に置き、そのまま空焚きをして、室内を香りで広げるか、または、伏籠を使って衣服に焚き染めて自らに香りをつけます。
有名なものに(六種之薫物)といわれる中国伝来の名物があります。
後になり、持ち寄った香木や練り香を焚いて、香りやその香りの銘(名前)の優劣競う「香合わせ(こうあわせ)」や「薫物合わせ(たきものあわせ)」などがありました。
蘇合香もおそらく、蘇合草という草や他の香料を蜜で練り上げて一定の調合で練り香として作られていたことでしょう。
一説によりますと、元来、インドにおいて製法され、蘇合草とう薬草を用いたようです。後になり、マンサク科に属する高木の落葉樹に代わっていったようです。
その樹脂においては、香りを発しており、漢方薬として現在も使用されております。香道に使用しております伽羅木は主にインドから多く産出されており、沈丁花科の植物が原料になっているといわれております。
蘇合も伽羅も、シルクロードを経て、中国、日本と伝わってきたことでしょう。蘇合という放香する植物が
由縁あって舞楽と融合し、日本に伝わってきたことを思うと、考え深いものがあり、古へのロマンを感じます。
江戸時代に入り,香道は文学(古典)例えば、古今集、源氏物語などと結び付けての組香が遊戯的まで
発展していきました。元禄期以降になると。組香は香道として広く普及することになり、香道は、香木を
入手できる大名家や公家、禁中の中で、教養の一つとされました。また、盤物を使った遊戯的な
香の楽しみが盛んに広がり、香道は発展し完成されました。
舞楽と香道の関係において、最も有名な香組として、舞楽香があります。この組香は東福門院の好まれた組香で、香盤を使います。源氏物語の紅葉の賀と花宴の場面から作られたものです。
この組香には指定の香銘があり、青海波、秋風楽、柳花苑、春鶯転のなどの舞楽で構成されています。
光源氏と朧月夜がそれぞれの舞楽の舞う姿を想像しながら、香を聞くことは、源氏物語の世界を主題にした「組香」が主流であり、複数の香木を焚き、その香りを当て合うという遊戯性を持ちつつも、ただ優劣を競うものではなく、香りで表現された主題を鑑賞し、その雅な王朝文化の世界に移ろい、遊ぶことが、雅(みやび)なのです。
香道、舞楽、玉響(たまゆうら)が三位一体となり、優美この上ないものになるのです。
(以下写真、舞楽香盤)
文責 長濱閑雪 (ながはま かんせつ・香道研究家)